序章に代えて、その執事―否、悪魔が時折見せる奇妙な行動について。


「それらしくしていろ」
それはシエルがセバスチャンに施した命令の一つ。
シエルの言う「それらしく」とは「人間らしく」といった意味であり、悪魔に執事たる身分を与えた、ごく最初の頃に下した命令である。
その悪魔が、かつて今と同じく「人間の振りをして」他の人間に仕えていたか否か―それはシエルにとっては興味が無く、尋ねたいとも思わなかった事なのだが、シエルに仕え始めた当初の彼は、悪魔たる故の奇行が間々見受けられた。
極寒の冬にコートも羽織らず外出をする。煮えたぎった鍋を素手で持ち上げる……悪魔自身、その都度己の行動を顧み、少しずつ「人間たる自分」へと軌道修正を試みているのか、日に日に人間らしさが増しているように思えた。
少なくとも、上辺だけは。


そうして三年。
相変わらず悪魔は「それらしく」振る舞うのだか、時折奇妙な行動―だがそれは悪魔たる故の行動とも程遠い行動を見せる事がある。

例えばある日。
晩餐を兼ねた商談はだらだらと平行線を辿った末、結果は芳しくなく、深い眠りも得られなかった朝。
元々愛想をくれてやるつもりなど微塵も無いセバスチャン相手に、八つ当たりよろしく思わず声を荒げてしまった。
「お前の声は耳に障る!少し口を塞いでいろ!」
普段の悪魔であれば、更にシエルを逆撫でする嫌味で返すか、さらりとやり過ごすか、シエル自身そういった反応を予想していたのだが、その日の悪魔は違っていた。
「――承知致しました」
その一言だけを零し、主人の命に従い、押し黙る。
少しだけ悲しそうな顔をして。

また、ある日。
季節の変わり目のせいか、気紛れのように肌寒い昼下がり。
しきりに体を震わせるシエルのために、暖炉に火を入れたセバスチャンであったが、彼自身もまた、暖炉の火の傍に居るように思えた。
「寒いのか?」
何となしに問うてみるも、
「いえ、そういった感覚は御座いませんので」
想像に容易い、味気ない答えが返ってくるだけで。
だが、その日の彼の言葉には「ただ…、」と続きがあった。
「少し、恋しいだけです」

そういった彼の奇妙な行動―悪魔である彼が見せる、どこか「人間らしい」行動は月に二度三度ある程度で、当初は気に掛けていたシエルも、演技過剰な悪魔の自演、もしくは悪魔個々人の癖・性質、などと適当な事を思うようになり、次第に彼の奇行にも慣れ始めていた。

悪魔がいかに奇妙な行動を取ろうと、結ばれた暗黒の契約に支障は無いであろう―と。