「petit fours」(抜粋/実際の文章と異なる箇所も御座います)



「ピュイ・ダムール」

「あれ?伯爵、何か元気無いね?もしかしてお疲れ?」
時刻はアフタヌーンティー。
その日のシエルのアフタヌーンティーのテーブルには、劉の姿があった。
連絡も無しに押し掛けて来た劉の狙いは、明らかにアフタヌーンティーであった。そのせいか、他愛も無い世間話を並べ立て、ひとしきり菓子を貪った頃に、ようやく邸の主人の不調に気付いた模様。
「……おそらくな」
そう苦く答えるシエルの手にはフォークが握られていたが、もう一方の手は頬杖をつき、頭を重たそうに支えていた。
劉の見解は当たっていた。ここ一週間、新たに着手した宝飾関係の仕事に忙殺され、一日のスケジュールをこなし、ベッドに潜ればもう朝、という繰り返しであった。毎日のように晩餐の時間を商談に当てていたため、シエルが寛げる時間と言えばこのアフタヌーンティーのひと時くらいなのだが、それすら突然の来客に乱される始末。
この日もアフタヌーンティーを終えれば商談が数件待ち構えており、それを考えるだけで気が重い。
「あの有能な執事君に任せちゃえば良いのに。色々」
「いや、僕自ら動いた方が何かと都合がいい。それに、自分の目で見届け、事を運ばないと達成感と実感が沸かない」
「ホント君も好きだよねー。あ、そうだ」
倦怠感の傍ら、劉とのやり取りを重ねていると、劉は何か思い立ったように、たっぷりとした袖口に手を突っ込み、怪しげな包みを三つ程取り出した。
「これ、伯爵にあげるよ」
「…何だ、それは」
訝しがるシエルに、劉は「滋養強壮の漢方薬だよ」と軽く答えると、包みの一つをテーブルの上で広げる。生薬特有の苦い香りがふわりと漂う。
「ちょっとクセが強いけど、効果は我が保障するよ。確か伯爵は我の漢方薬との相性、そんなに悪くなかったよね」
「まあ、悪くはないな」
シエルは以前一度だけ、劉に漢方薬を処方された事があった。それは胃痛を和らげるものであり、効果は震える程の苦味に絶えるだけの価値はあった。
「じゃあコレ、執事君に渡しとくから、試してみると良いよ」
「ああ、そうする」


(同、R18部分より抜粋)

ベッドの定位置に横たえられ、セバスチャンの眼前で自ら足を開く。
「はやく…」
「ええ」
か細い声でセバスチャンに乞うと、彼は両手から手袋を落とし、その指を口に含む。シエルの性急なおねだりに応えるための措置であろう。
セバスチャンが丹念に指を濡らす、その僅かな時間さえもどかしく、淫猥な動きを見せる彼の口元を物欲しげに眺めては、艶かしい舌が覗く度に喉が鳴る。
「さあ、坊ちゃん、もっと足を開いて…」
そうして更に足を開けば、全てをセバスチャンへ晒す事となる。すっかりその気になってしまった身体は、確かな欲情に薄っすらと色付き始めている。
白い内腿を撫でられ、すぐ傍で待ち構えていた幼い蕾に、唾液に濡れた指先が宛がわれる。
「あっ…」
触れられただけで反応を示してしまう身体に、窺うように一本だけ、その先端が挿入られる。それだけで。
「は…あ…」
自分のものとは思い難い、悩ましげな吐息が溢れてしまう。
シエルの身体はセバスチャンの指を易々と飲み込んでしまい、根元まで入ったところを意図せず締め付けてしまう。
「早く、いれて…もっと…」
指は一本だけでは物足りない。加速する身体は、更なる快楽を欲してしまう。
だが、セバスチャンはなかなか指を増やしてはくれない。
「少し慣れて頂かないと…」
シエルが十分に解れていない事を、セバスチャンは指の感覚から感じていた。前戯らしい前戯も無かっため、シエルの身体への負担を考えると、セバスチャンの行動は聡明であるが、今のシエルにすれば、手に入る快楽ならばすぐにでも欲しい。



「ボンボン・ア・ラ・リキュール」

「あついぞ、セバスチャン」
「………」
一体どれほどのショコラを平らげてしまったのか。おそらく数的には大した量では無いのだろうが、アルコールの摂取経験が皆無に等しい、ともすればシエルのアルコール分解能力もそう高く無い事は想像に易しい。
机の上に両手で頬杖をつき、もごもごと何かを口走っては、呆れ果てたセバスチャンを相手に因縁をつける。
「あつい。今日の天気は、どうなってるんだ。天変地異か」
「暑いのは坊ちゃんがお酒をお召しになったからでしょう。ほどほどにと申し上げたはずです」
「僕は酒なんて、飲んでない」
「………」
もはや何を言っても無駄―それ以前に仕事を続ける事すら不可能と踏んだセバスチャンは、シエルの許可を得ないまま、机に沈んでしまった体を抱き上げる。
シエルは特に驚く事も抵抗する事も無く、セバスチャンの胸の中で大人しく体を丸める。
「寝室に参りましょう。そして、少し横になりましょう」
「んー…」
ショコラとリキュールの香りだけが執務室に残され、甘やかな誘惑は途絶える。

寝室へと向かう途中、シエルはセバスチャンに何かしら話し掛け、始終ころころと笑っていた。シエルの上機嫌な様に、セバスチャンはただただ薄笑っていたが、シエルは構う事無く、取るに足らない話題を提供し、一人で笑い続ける。
「こんな坊ちゃんは、初めてですねえ…」
「ん、嫌か?」
「嫌と言いますか…」
「はっきりしないな、気持ち悪いぞ、セバスチャン」
「はあ…」
「気持ち悪いのは、いつもか。はは」
「………」



「ボンボン・ショコラ」

「ところでセバスチャン。お前なら、どれから食べる?」
シエルは銀皿の上のショコラを見回し、最後にセバスチャンへと視線を寄越す。
「好きな物を、一つやろう」
「…は?」
突然のシエルの計らいに、セバスチャンが思った通りの反応を示す。
セバスチャンの味覚が人間のそれと異なっている事を、シエルは知っている。悪魔たるセバスチャンがショコラに興味など無い事も。知った上でセバスチャンにショコラを勧めたのは、何かを口に入れておけば、少しは大人しくなるのでは―と、大分捻くれた動機からであった。
「さあ、早く選べ」
「………」
セバスチャンがどの型のショコラを選ぶか……シエルは内心楽しんでいた。
おそらく猫型であろうとシエルは予想し、セバスチャンがそれを選ぶその時を今かと待ち侘びる。
だが、思いの外セバスチャンは悩む様子を見せ、銀皿の上のショコラを凝視している。しばらくそうして何か考えるふうを見せていたが、突然ぽつりと口を開く。
「……本当に、好きな物を一つ、頂いてもよろしいのですか?」
「…は?」
真剣味を帯びるその声に、今度は逆にシエルが驚いてしまう。
まさかこんなお遊びに、これほど本気になっていたとは。
「や、言っただろう、好きな物を…」
改めて子供じみた命令を繰り返すのは億劫で、半ば呆れつつシエルが適当な調子で答える。
シエルの言葉に、ショコラを凝視していたセバスチャンの手がようやく伸ばされる。
「では――」
伸ばさた手の行方を見届けようと、シエルも机上の銀皿を凝視する。だが、伸ばされた手は、猫も、果実も、鷲もすり抜け、セバスチャンは一体どれをと思っていたところ、シエルの視界が奇妙に歪む。
「うわ…っ?」
思わず顔を上げると、いつの間にか移動したセバスチャンが目の前に立っている。
それだけでは無い。どこかに座っていると思えば、それは執務室の机の上。
困惑しつつも、そこでようやく理解する。セバスチャンに抱き上げられ、机の上に座らされた――と。
「え…?…いつの間に…?」
落ち着き無く辺りを窺っていると、ふいにセバスチャンの指がシエルの顎を捉える。ついと上向かされれば、覗き込んでくるセバスチャンの瞳とかち合ってしまう。
「……セバスチャン…?」
セバスチャンの意図が分からず、その瞳に問い掛ける。何をされるかの検討は付いているものの、それを問うてしまうのはシエルの悪い癖だろう。
セバスチャンは至極愉しげに瞳を細めて微笑むと、
「それでは遠慮なく。好きな物を、一つ」
恐ろしく馬鹿な事を、恥ずかしげもなく言ってくる。